ものに名前を付けるということ
 「シンゴジラ」の登場人物について好きにくっちゃべる(おしゃべりする)シリーズの3回目です。当然ネタバレになりますので,追記に書きます。無駄話レベルですが,ネタバレがお嫌いな方はご覧になられませんようにご注意ください。ご面倒をおかけしますが,よろしかったら追記ボタンを押して,ご覧ください。
(以下,ネタバレ防止の改行)




  ご面倒をおかけしました。お越しくださってありがとうございます。では早速。

 「シンゴジラ」のドラマパートの主人公である長谷川博己氏が演じる矢口蘭堂氏,役職名がどんどん長くなるので,エイ面倒ダとばかりに,このサイトでは以後矢口さんと呼称します。

 矢口さんは名前にこだわる。
 「巨災対」メンバーが提案した「矢口プラン」に「名前はともかく」と引っかかり,「Godzillaは言いにくいから,日本語名はゴジラにしよう」といい,挙句,「「巨大不明生物の活動凍結を目的とする血液凝固剤経口投与を主軸とした作戦要綱」は長いし,「ゴジラ凍結作戦」は子供っぽいから,ヤシオリ作戦ではどうでしょう?」とのたまう。

 いきなり横道にそれると,矢口さんの「ヤシオリ作戦ではどうでしょう?」と國村隼さん演じる財前統合幕僚長の「分かりました」とに微妙な間がある。名前にこだわる割に,由来なしとはいかにも雑な扱いではあるので,もしかすると,あの間の箇所で「ヤシオリ」の由来が語られて,時間か,何らかの問題のためにカットされたとも考えることはできる。あくまでも想像なので,あしからず。

 本題にもどります。

 さて,ものに名前を付けるということは,「漠然とした,しかし,確かにそこに存在する何か」の存在を確定させる「存在証明」の役割を果たすと昔々聞いた。「名は体を表す」ということわざもある。

 またも横道にそれると,「巨大不明生物」の「第2形態」「第3形態」「第4形態」は物体に対する単なる説明だが,これが「蒲田くん」「品川さん」「鎌倉さん」になったとたん,より具体的なビジュアルが共通に連想され,さらに,それなりに「巨大不明生物」の「恐怖」「不気味さ」を緩和する役割を果たす。なんとも不思議な現象である。

 えっと,本題にもどります。

 命名者?の矢口さんはもちろん,巨災対メンバー,マスコミ,だけでなく,最後は自衛隊の皆さんまでも「ゴジラ」(公式な場では巨大不明生物といっていますが)「ゴジラ」と呼称する中で,ただ一人,竹野内豊氏が演じる赤坂秀樹氏(以下,このサイトでは赤坂さんと呼称します)だけは違う反応をする。彼は「こんな時に名前なんてどうだっていいでしょう!」と言い放ち,最後の最後まで「巨大不明生物」と呼び続ける。
 劇中で,極端にすら見える現実主義者,常に渦中から一歩引いて全体を見定め,同時に常に他者よりも一歩前を見据える人物と描かれている赤坂さんが最後の最後まで「巨大不明生物」と呼び続ける意図はどこにあるのか?
 劇中導入部の閣僚会議の席で,赤坂さんは「矢口の冗談が現実になれば受け入れるしかないか…」とやれやれと見えなくもない風体で一人ごつ。

 あくまで憶測ですが,赤坂さんは無意識か,意識的にか,「巨大不明生物」を「ゴジラ」と呼称することで,「巨大不明生物」がイレギュラーな,ありえない存在から変化することを嫌がったのかもしれない。 もしも赤坂さんの心中が「矢口め,こんな時に名前なんてつけやがって,おれは絶対呼ばないからな!」だったら,大人認定されている赤坂さんの稚気が垣間見えてくすっと笑えるが,まあ,どうでしょうか?

 ちなみに,赤坂さんが,大杉漣氏演じる大河内首相の前で「こんな時に名前なんてどうだっていいでしょう!」という場には柄本明氏演じる東官房長官も同席していて「ゴジラ,ですか?」と何とも絶妙な口調でつぶやく。見る人によって感じ方は全く異なるでしょうが,私には,東官房長官は赤坂さんと近い感覚の持ち主と感じる。ただ,東官房長官は老練の政治家ゆえに口に出さないだけだと。

やれやれ,やっと終わった。

どっとはらい
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